「逃げろ、ボクサー」が好きだった

故・山際淳司さんの「逃げろ、ボクサー」という短編小説が好きでした。元世界チャンピオンの大橋秀行の兄、克行を描いた物語で、練習嫌い、打たれるのも嫌い、彼女とは遊ぶというハングリーとは真逆の主人公に惹かれました。

結局、克行は世界のスポットライトを浴びることなく引退してしまうのですが、その刹那的な生き方とナイーブで繊細な人間性はどこか魅力的でした。

幼い頃から誰に教わった訳ではないのですが、「逃げてはいけない」という固定観念めいた考えが脳裏に刻まれています。つらいけど、歯をくいしばって立ち向かう、という日本人の美学が知らないうちに刷り込まれているのでしょう。

塾をサボった息子に「逃げるな」

私の息子が塾をサボったことがありました。いつもの時間に家を出たのに、塾から「来ていない」旨の連絡があり、近所を探し回ったのですが、見つからず。警察に相談しようかと思った矢先、ちょうど塾の授業が終わる時間に、息子は何食わぬ顔で帰ってきました。

「どこにいたんだ!心配させやがって!」

私は烈火のごとく怒鳴りました。泣きながら謝る息子に聞くと、塾の先生が嫌で、公園などで時間を潰していたそうです。

私は息子に5ヶ条の誓約書を書かせ、子供部屋に貼っておくよう命じました。5ヶ条のうちのひとつに「嫌なことから逃げない」がありました。(参考➡愛しい我が息子へ贈る手紙)

社会に出たら嫌いな人や性格が合わない人とも付き合っていかなければなりません。塾の先生が嫌だというだけで、授業をサボるなんて、中学受験を間近に控えた時期でもあっただけに許せなかったのです。(参考➡苦手人物をつくらない)

「そんな程度の気持ちなら受験なんてするな!」

そんなことも言ったと思います。結果的に試験に受かり、今は機嫌良く通学しているのでよかったとは思っています。

「逃げる」と「戦略的撤退」の狭間で…

しかし、私の教えは正しいのか、時折、疑問に思うことがあります。逃げてばかりではいけないのは言うまでもないですが、「戦略的撤退」という言葉もあります。

何を言いたいかと言うと、今の会社や仕事から逃げたいのか、私自身が自問自答を繰り返しているのです。現状のままでは幸福感を追求できないと思いますが、果たして転職や独立は逃げることになるのかどうか。

周囲から逃げたと思われるだけならまだしも、自分の中で後悔を残さないか、確信が持てないのです。

息子に偉そうに言っておいて、「お父さんも逃げた」と思われるのではないか。そんなことまで考えます。

転職サイトに登録し、独立開業セミナーに足を運んでも、いまだ踏ん切りがつかないのは、実はそんな理由だったりします。

まずは嫌な要因を排除

自分を納得させるために嫌な要因を排除しようと思っています。例えば、嫌いな上司ともコミュニケーションをとる。つまらない仕事を率先して行う。それでも辞めたい気持ちが変わらなければ、その時は「逃げる」ことにはならないだろうと思うのです。