センバツ準々決勝を観戦

センバツ高校野球準々決勝が行われ、ベスト4が出揃いました。久しぶりに甲子園に観戦に行ったのですが、やはりスポーツはライブ観戦に限りますね。いい試合ばかりで見応え十分、感動たっぷりでした。

高校野球の開会式は春夏問わず仕事があれば録画し、休日なら早起きしてテレビにかじりつきます。何度か甲子園まで行って生で観たこともあります。晴れ晴れとした表情で胸を張って入場行進する球児たちを見ると、心から「おめでとう!」と言いたくなるんです。もしかしたら試合以上に開会式の方が好きかも知れません。

現実主義者には理解できないロマン

そんな私に妻は「歩いてるのを見て何が楽しいの?」と冷たく言い放ちます。

なぜ女性は分かってくれないのでしょうか?いや、男性でも共感できないという方は少なくないかも知れませんね。

きっと現実主義なんでしょう。私のようなロマンチストは得てして理解されにくいことは理解しています。

でも、想像してほしいんです。ただ、甲子園の土を踏むためだけに球児がしてきた努力を。

雨の日も雪の日も、怒られても殴られても(最近は減ってますが)、サッカー部が女の子からキャーキャー言われても見向きもせず、丸刈り頭を笑われても練習にうち込み、青春の全てを野球にぶつけてきたんです。

全てを乗り越え、ついにつかんだ晴れ舞台。だからこそ、堂々と行進する姿は眩しいんです。その向こう側にある、彼らに敗れた何十人、何百人の球児たちの悔しさも背負ってるんです。

そこにあるのは、ただただ「甲子園に出たい」という純粋な夢だけです。

美しき敗者の美学

誰ですか?皆が皆、そうじゃないとか言ってるのは。

いいんですよ。中にはサボる球児がいても、長髪をなびかせる球児がいても、女の子からモテモテの球児がいても。型にはまった見方をして勝手に感動すればいいんです。高校野球は最高のエンターテイメントですからね。

そして、その晴れ舞台で敗れ去る悔しさと言ったらありません。せっかくつかんだ甲子園でいつまでもプレーしていたいのに、はかなく散る夢。わずか2時間のためだけに汗と涙を流してきた3年間。泣かない人がいたら私は人間性を疑います。

私はそんな敗者の背中に何度泣かされたことか。勝って喜ぶ球児の姿も美しいですが、負けて泣く球児の姿には嘘がありません。嘘だらけの世の中で、これほどまでに純粋な瞬間が他にあるでしょうか。

高校野球に興味のない方は、一度そんな想像、いや妄想をしながら観てみてください。それでも興味のない方はないでしょうけど。