神頼みも欠かさず

人間困った時には藁にもすがると言いますが、左遷された私もまさにそうでした。

当時は元いた部署に戻りたい、と毎日朝から晩まで考えていたので、出先でお寺や神社を見つけると必ずお参りしました。

賽銭を入れ、二礼二拍一礼します。

それまで神頼みなどしたことがなかったのに、いや、むしろ宗教を毛嫌いしていたのに、調子のいいもんです。

とにかく救われたい、逃げ出したい一心でした。

前厄の時は行けなかった厄払いも、本厄、後厄の時は有名な厄除寺に行きました。

しかも、高いお金を払って祈祷してもらいます。

金額で対応が違うのもどうかと思いますが、迷わず最高値の祈祷を申し込みました。

哲学書や心療内科の本は手放さず

それまではあまり読まなかった僧侶の人生論や哲学書の類いも読み漁りました。

特に心療内科の本は、何度も繰り返し読み、自分に言い聞かせたいページは端を折り曲げていました。

当時の私にとってはバイブルそのものでした。

中身は「現実を受け入れなさい」とか「他人の言動など自分でコントロールできないことは気にしない」とか「小さな蟻でも顕微鏡で見ると怪獣に見える。物事は俯瞰して見なさい」とかだったと思います。

分かっている内容でも繰り返し読んで神経レベルにまで刷り込まないと、どうにかなってしまいそうでした。

また、当時は性欲が全く湧いてきませんでした。恥ずかしながら元々はスケベなんですが、自分でも信じられないくらい異性に興味が湧かなかったのです。

本当に日々、無感情に過ごすことでしか自分を維持できませんでした。(参考→左遷された時の気持ちの持ち方次第で人生は変わる)

おそらく鬱病だった

今思えば、これらは鬱病の症状です。

最後のプライドで医者には一度も行かなかったのですが、おそらく軽度の鬱病を発症していたのでしょう。

会社で夜遅くまで独りで残業していた時、何度かロッカーを思いきり蹴ったこともあります。

独り酒を覚えたのもこの頃です。

いくら飲んでも気持ちよく酔えないので、幸か不幸か、アルコールには強くなりました。

今となっては反省していますが、家族に八つ当たりもしました。

自宅では常に不機嫌で、嫁には気を使わせ、まだ幼かった子供たちを怒鳴り散らしたことも一度や二度ではありません

不遇を嘆いてやけ酒をあおる日々

異動後2年くらいは、そんな毎日でした。

最初は自分の不遇を嘆き、会社を恨んでばかりでしたが、徐々にそれまでいかに恵まれた環境にいたか、周囲が気を使ってくれていたかに気付き始めました。(参考➡ふられてBANZAI)