若かりし頃の苦い思い出

報告、連絡、相談の頭文字を取った「ほうれんそう」が大切なのは、社会人としてイロハの「イ」です。

どんなことでも自分一人で決めたり考えたりせず、上司や同僚と共有しようという、標語のようなものですね。

ただ、何でもかんでも闇雲に「ほうれんそう」をすればいいという訳ではありません。

まだライターになって間もない頃、それを思い知る出来事がありました。

ある団体の不祥事の噂が流れ、当時の上司の指示で取材に出向きました。真相がはっきり分からなかったので、上司は「調べてこい」と偉そうにプレッシャーをかけてきます。

私は上司に怒られるのが嫌だったのでいろいろ取材していると、以前から親しくしていた関係者がこっそり教えてくれました。

その関係者は当事者だったので当然ながら真相を一番分かっていたのですが、私のことを信用して耳打ちしてくれたのです。それまではぼんやりした噂レベルの話たったので「そういうことだったのか!」と膝を打ったのを覚えています。

当然ながら書けない話であることを理解した上で、上司のプレッシャーもきつかったのですぐに電話して全てを報告しました。すると上司は

面白いじゃないか!

と急にテンションが上がり、「書け!」とがなり立てました。

いや、それは…私を信用して教えてくれたので…と説明しても、「うるさい、書け!」の一点張り。元々強面の上司の顔がさらに歪んでいるのが、受話器越しに見えるようでした。

上司の圧力に負けた自分…

圧力に気圧された私は泣く泣く聞いた話を記事にしました。

ライターとして最低の行為です。

記事が掲載された日、教えてくれた関係者は烈火のごとく怒り、私は平謝りするしかありませんでした。

先述の通り、関係者は不祥事の当事者だったので、なぜ表沙汰になったのか?と上層部から問い詰められたそうです。

私は信頼を裏切ってしまった自分を恥じ、同時に司に全てを馬鹿正直に報告したことを後悔しました。

サラリーマン的な考えで言えば、取材対象を裏切っても記事の反響が大きければいいじゃないか、という方もいるかも知れません。しかし、私はそんなことより人の信頼を失ったことの方が情けなく感じました。

それ以来、私は「連絡」や「相談」はしても、「報告」は全ての懸案をクリアしてからしかしないように心掛けています。

上司への報告は懸案をクリアしてから

今回取り上げた件は、当時の上司がパワハラ気質だったので極端な例ではありますが、どんな会社でも同じようなケースはあると思います。

中途半端な状態で報告すると、話が予想外の方向にどんどん進んでしまう場合があるんです。

たとえ、自分の手柄をアピールしたくても、上司に報告するのは様々なハードルをクリアしてからにした方が安全です。それまでは状況を慎重に見計らいながら「連絡」や「相談」にとどめましょう。それが自分の身を守る方法だと思います。

「ほうれんそう」は大切ですが、中身を吟味したり、タイミングを見計らうことはもっと大切です。