阪神3連戦を中止

プロ野球の広島東洋カープがマツダスタジアムで予定されていた阪神との3連戦を中止しました。

大雨によって県内各地に甚大な被害があったための苦渋の決断とのこと。

両球団関係者やファンからも異論は出ていないようです。

しかし、私は気を遣いすぎるのはどうかと思います。

果たして被災者の方々が試合の中止を望んでいるでしょうか。

確かに現場の空気感は野球どころではないでしょうし、私は広島県民ではないので現状は分かりません。

ただ、個人的には、 もし被災した立場なら「いつも通り」にやってほしいと思うような気がします。

震災ボランティアで被災者に元気をもらう

阪神大震災が起きた時、大学生だった私はボランティアに行きました。

阪神電車が全線復旧しておらず、大阪・梅田から青木という駅まで行き、避難場所になっていた近くの小学校に行ったと記憶しています。

それまでは友人から聞く話やメディアの報道を通じた印象しかなく、勝手に重たい気持ちを抱いていたのですが、実際に現場に行くと、被災者の方々の元気さに驚きました。

屋上に布団を干したりしながら、逆にこちらが励まされたような気分になったものです。

人間の根源的な強さを見た思いでした。

センバツで球児が希望の星に

その年の選抜高校野球は開催中止も検討されたものの、アルプススタンドの鳴り物応援はしないという条件で開催され、被災地の兵庫県から3校が出場しました。

被災球児たちの躍動する姿は、まさしく希望の星となり、私も涙が止まらなかったのを覚えています。

森友問題が起きてから「忖度」という言葉をよく聞くようになりました。

広島球団は地元民の感情や空気感に忖度したのでしょうし、ひょっとしたら、開催しても観客が来てくれないというソロバン勘定もあったのかも知れませんが、私はこんな時こそ開催し、被災地に希望を与えるべきだったのではないかと思います。

カープの選手やスタッフらがボランティアに赴くのならともかく、野球も含めて「何もしない」ことはどうも腑に落ちません。

左遷された時も普段通りに接してくれた先輩

私事で恐縮ですが、左遷の内示を受けた時、その後数週間は誰とも会いたくない、話したくないと塞ぎこんでいました。

社内の同僚は気を遣ってそっとしていた、いや、よそよそしく私と距離を置いていたのですが、一人だけ普段通りに接してくれた先輩がいました。

その先輩の存在がどれだけ有り難かったか。

その先輩は普段は「天然」と言われたり、「空気を読まない」と疎まれることもあるのですが、つらい時、しんどい時こそ、そういう振る舞いが眩しく映ったりします。

そこには計算のない純粋さがあるからでしょう。

こんなことを書くとお叱りを受けるかも知れないし、無神経と批判する方もいるかと思いますが、私の経験から言えば、どんな時も態度を変えない人の方が信用できます。

カープは今こそ希望の星になるべきだと思います。

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