3月になり、就活解禁のニュースを見かけるようになりました。

今年は売り手市場のため学生も強気で、企業側が優秀な人材確保に苦労しているようです。

もしかしたら早くも内定を得ている学生もいるのかも知れません。

「就職氷河期」と呼ばれたあの頃

かくいう私も20年以上前に就活をしました。

当時はバブル崩壊後の「就職氷河期」と言われた時代。

高校生の頃からマスコミを志望していましたが、元々人気業種のため狭き門だったのが、さらに人1人通れないほど門が閉ざされていました。実際、「採用なし」としていた会社も少なくありませんでした。

私はマスコミ志望者が集まる就職予備校に通いましたが、周囲のレベルの高さにショックを受け、「俺には無理だ」と半ば諦めていました。

実際、マスコミは片っ端から受けたものの全滅。

商社やメーカーにも手を広げ、夏頃にやっとこさ、小さな会社から内定をもらいました。

目一杯動き、目一杯悩み、最後にフラフラになりながらゴールしたようなものなので、「やりきった感」があったのは事実です。

ただ、その会社でイキイキと働く自分をイメージできないことも確かでした。

父に背中を押され、再挑戦を決意

そんな時、父親が背中を押してくれ、私は就職浪人を決意。

内定を辞退しました。

そこからは猛勉強の開始です。

マスコミはまず筆記試験を通過するのが難関だったため、再度、就職予備校に入り、バイトも辞め、自宅にこもりっぱなしでした。それこそ大学受験以上に勉強したと思います。

翌年6月だったと思いますが、今の会社から内定の連絡をもらった時は、独り旅に出ていました。

当時は携帯電話が普及していなかったため自宅に電話があり、母親が受けたのですが、内定をもらえず精神的にいっぱいいっぱいだった私は現実逃避していたのです。

1年間、努力したものの、「超氷河期」と言われた翌年も全く受からず。

マスコミ志望者のバイブル「マスコミ就職読本」によると、最終面接当日に内定連絡があると書いていた、現在私が勤めている会社から夜まで待っても連絡がなかったのです。

現実逃避の独り旅

追い込まれた私は翌朝、あてもなく電車に乗り、知らない街でパチンコをしたり、サウナの仮眠室で夜を越しました。

確か自宅に戻ったのは3日後だったと思います。

ふたを開ければ、追加で内定を出したらしく、最終面接の翌日に連絡があったのです。

私は両親に行き先も告げず、独り旅の最中は電話もしなかったので、追加合格など知る由もありません。

帰宅してから内定を知った時の嬉しさは今でも鮮明に覚えています。

その後の会社員生活は別にして、就活に限って言えば、全く後悔はありません。

本当に悩み、苦しみましたが、その分、大きな喜びを得られました

今の大学生の皆さんにも、妥協せず、納得いくまで活動をしてほしいと思います。(参考→知人のツテを頼って本命企業に転職目指します!各企業で内定式…社会に羽ばたく皆さんへ20卒学生が就活に向けて最初にやるべきこと)